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Selfishly

Selfishly

W`Dな男達 11


~~~ 『W‘Dな男達』 act 10 ~~~




・・・『新しい巣箱には何が詰まっているのか?
     それは巣箱の住人しか判らない』・・・


「ヒッギャァ~~~~~!!!!!」
本日何度目かの・・・。そして、ここに踏み入れてからの何十度、何百目かの悲鳴が
響き渡る。

まるで廃棄場のような有様の部屋の中で、エドワードは掻き分けたゴミの中で
埋もれている。――― いや、埋もれているように見える。
がそれは別に彼の身体的な問題ばかりではない。選り分けたもの達が多すぎて
山のように積み重ねられ分けられているせいだ。
今は踏みつけた何かの下にもナニかがあったらしく、滑った上に尻餅を付いては
積み上げたゴミの雪崩に襲われている。

「・・・くっそぉ~。――― な~んでこんな処に空き瓶が転がってるんだよ!!!」
一見メモやらいつの日付か判らない新聞、文字の判別も付かないようなDMやら親書やら。
そんな物が集まっている一角に紛れ込んでいる物が、エドワードの足を掬ったらしい。
痛む尾てい骨摩りながら、エドワードは崩れた山を両脇に押し返した。
「全く・・・ゴミくらい纏めれねぇのかよ」
ブチブチと文句をいいながら掻き分けた物体の中にも見逃せないものも混じっている。

「あっ、これぇ! ――― すげぇ、絶版だったハーデン氏の『退廃の書』じゃんかぁ!」
エドワードが見つけたメモ書きの束達が、死ぬほど稀少な本の写しだったり。

「かぁー!!! 無機物への発火の理論と実地考察だぁ~?
 何でこんな危ないものをチラシの裏に書き捨ててるんだよ!」
直ぐにも実践出来そうな研究データーだったり。

兎に角、油断すれば高価な研究もゴミと同化して捨ててしまいそうになるから
油断も隙もない有様。

サクサク進んだ玄関から踏み込めば踏み込むほど、エドワードの神経が磨り減る度合いも
大きくなっていく。


おかげで日が落ちて帰る頃になると。

「はぁ~~~~~~。・・・マジ疲れた」
汚れきった手を洗いながら溜息の1つや2つや、10位は吐きたくなるという有様だ。
が、それでも嬉しい・・・と云うのとは少々違うが。
「・・・・・だいぶん見られるようになってきたよな」
自分の努力と根性の結果を見回しながら、独り悦に浸ったりもしていた。

そんな日々が、そろそろ1ヶ月に近付いていたのだった。





*****


「中将、そろそろ帰る準備した方がいいっすか?」
頃合を見計らって入って来たのだろう、ハボックが車のキーを指にそんな風に訊ねてくる。
「そうだな・・・」
机の上の状況を一瞥しながらロイは少し考え、今書き込んでいた書類のサインを終わらせる。
「――― これで今日はいいだろう。
 よしハボック、車を回しといてくれ」
ロイのその言葉に、了解ですと答えてハボックは扉から姿を消した。
帰り支度をしながら確認した時刻は、ここ最近の中ではかなり早い退出を示している。
その時刻を確認した後、ロイは数瞬思案し机の上の電話を取る。

数コールの後に耳に馴染んできている声が返ってくる。
『はぁ~い?』
エドワードが名乗りを上げないのは、別に彼が不精しての事ではない。
軍関係の高官と元・国家錬金術師の二人が、軍管轄のとは云え一般の人々と同様の
宿泊先に泊まっているのが判ると、色々と危険が予測されるせいでもある。
「やぁ、今日はもう帰っていたのかい」
『ああ、丁度今帰ってきた処だけどさ。
 何、まさかもう帰ってくるとか言わないだろうな?』
そんなエドワードの言葉をロイはあっさりと肯定する。
「いやそれがそうなんだ。今日は特に大きな案件もなくてね。
 切りも着いたし帰る前なんだが」
『へぇー、それは良かったけど・・・。飯まだ出来てないぜ?』
ここ最近はクリーニング計画に熱が入って遅くなっているエドワードだ。
ロイの帰宅時間も元々遅めと云う事も有って、それに合わせて一緒に食事を取っている。
「ああ、多分まだだろうと思って電話したんだが。良ければ今日は外で食事にしないか?」
『・・・外で?――― 別に構わないけど・・・』
意外な事にエドワードは倹約家で、自分が欲しい物以外の出費を惜しむ性質らしく、
答えた声にも勿体無くねぇ?と云う気持ちが混ざっているの取れる。
「偶にはいいだろう?君の料理の参考にもなるかと思ってね」
『―――だな。OK、どこに行けば良いんだ?』
了承を伝えてきたエドワードの言葉に微笑みながら、ロイはこの後の予定を話した。



「中将、自宅の方は見に行かれましたか?」
エドワードを迎えに行く車の中で、運転手を買ってでたハボックがそう訊ねてくる。
「いや・・・。彼が全部終わるまで見に来るなと言っててね。
 結局、一度も様子を伺いには行ってないままだ」
任せってきりでは悪いと思い、何度か時間の都合を付けて手伝おうと言ったのだが、
その都度、「そんな暇があったら、あんたは少しでも休め」と断られ続けている。
「――― へぇ~、そうだったんスか」
くっくっくっと愉快そうな含み笑いを見せるハボックの様子に、ロイはムッとした気持ちになって
聞き返す。
「何だ?それがそんなに面白い事か?」
むっつりと返した言葉にも動じず、ハボックはにやりと口の端を上げると。
「いえいえ、楽しみにしといて下さいよ。――― 感動しますから」
その言葉にロイの片眉がピクリと跳ねる。
「・・・と云う事は、お前は行った事があるんだな」
「俺? ええ、もう何度も行ってますよ?
 大将が必要な備品とか用具とか運んでますから。
 エドの奴、よぉ~くやってますよ。俺なら音を上げてギブアップしてたと思いますけどね」
感心しきったハボックの言葉より、エドワードの仕事の成果の方が気にかかる。
「―――それで、今はどんな状態なんだ?」
凭せ掛けていた背を浮かせて訊ねてくるロイに、ハボックはにやにやと笑みを浮かべたまま
答えようとしない。
「それは・・・完成してからのお楽しみってことで」
「――― 上官命令だと言っても?」
少々強引に告げてみても、そんな程度では堪えないのがロイの部下だ。
「それに関しては俺に拒否権はありませんが。
 ・・・エドに怒られても良いんですかぁ?」
と小憎らしい返しをしてくる。
「あいつが中将に来んなって言ってんのも、驚かせたいからでしょ?
 なら、エドの気持ちを汲んで我慢する事ですね」
そんなハボックの言葉にロイも黙るしかない。
「――― 楽しみは最後まで取っておく・・か」
気にはなるが、エドワードの楽しみを減らすのはそれ以上に申し訳ない。
「そうそう。それが感動を倍に増やす方法っす」
諭すような部下の言葉に、口をへの字に結んで無言で返す。



「よぉ大将!」
ホテルの前に立っているエドワードを見つけて、ハボックは車の窓を開けて声を掛ける。
「ハボック中佐、お疲れさん」
降りてくるロイとは違ってハボックは窓から乗り出したままだ。
「あれ?・・・中佐は行かないのか?」
そんな二人の行動の違いに、エドワードが怪訝そうに訊ねてくる。
「よぉ~くぞ、聞いてくれたぁ!」
途端に表情を輝かせるハボックの勢いに、エドワードは思わず1歩後退さる。
そんな相手の反応はお構い無しに。
「実はさぁ~、昨日行った酒場にめっちゃ可愛い子が居てよぉ。
 で帰る時に、ハボックさん明日も来てくださるぅ?とかって、ウルウルした瞳で
 見上げられちゃってよぉ。そりゃあ勿論!男なら健気な女性の期待を裏切るわけには
 いかないだろ?っーことで、俺は可愛い彼女の元へと馳せ参じるっーう重大な任務が
 あるってわけ」
満面の笑顔で語るハボックに、聞かされていた二人は心の中で突っ込みを入れていた。
――― それって、営業用のリップサービスって云うんじゃ・・・―――
が、その思いはどちらも言葉にして伝える事はしなかった。
エドワードとしては、前回自分も責任ある問題で振られた彼(いや、それ以前に振られていたようだったが)
には、少々申し訳ないと思っていたし、ロイはと云えば・・・単純に、エドワードと出かける時機会に、
他の者を入れたくはなかった。――― そんなシンプルな心情からだ。


車を使う程の距離ではないからと、二人は並んで街頭を歩いている。
「な~んか妙な感じだよなぁ」
そうエドワードが洩らした言葉に、ロイが首を捻る。
「妙? 何がだい?」
「ってさ。こんな時間にあんたと街を歩いてるってのも妙なら、
 行き先が現場じゃなくてレストランってのも不思議じゃない?」
そう言われればそうかと頷いた。
エドワードが軍属だった頃には、食事と云っても仲間内の集まりか、軍の食堂で偶々重なるか位だった気がする。
行動を共にして動く時には、大抵は事件絡みが常だったから、こんな風に会話しながら
のんびりと行く先へ向かうなど、確かに妙な感じを受けるのだろう。
が、それは少しも嫌な妙な気持ちではなく、逆にそんな時間を共有できる喜びが勝っている。
エドワードが道すがら話している内容に相槌を打ちながら、ロイは横に並ぶエドワードを眺める。
今はもう少年とは呼べない彼は、小柄ではあるが均整の取れたすらりとした体躯に
無駄のないしなやかな動きを見せている。
三つ編みを止めた髪型の為か、ロイから窺える横顔も今では誰が見ても「美しい」と賞賛に値する容姿を
具えているのは、通りを擦れ違う人々の感嘆や羨望の混じる視線でも証明されていると云うのに
本人は至って頓着してもいなければ、その視線に気付いている様子も見せない。
――― まぁ、それが彼らしいと云えばそうなんだが。―――
苦笑交じりのロイの内心の呟きには、本人自身も気づいてない安堵の感情が混ざりこんでいたのだった。


「・・・ここ?」
思わずエドワードがそう聞き返したのは仕方がない事だったろう。
電話で上着を着用して来るようにと言われた時から、それなりの店に行くのだろうと
予想は付いていたが――― まさか、こんな一流の店に連れて来られるとは・・・。
絶句しているエドワードを余所に、ロイは慣れた様子で迎えに出てきた者と挨拶を交わしている。
「エドワード、どうした? 部屋は奥にあるから、まだ先だぞ?」
エドワードが入り口付近で立ち止まっていると、ロイは訝しそうに声を掛けてくる。
「奥って・・・。――― ロイ、俺こんな格好で来ちゃったから・・・」
自分の服装を一瞥して躊躇うエドワードに、ロイは大丈夫だと云うように微笑むと。
「気にする事はない。上着はちゃんと着用して来てくれただろ?
 それに部屋までは、他の客には目に入らない廊下を歩くから大丈夫だ」
そう告げて、行こうと顎をしゃくって示してくる。
ここまで来てしまったのだ。これは付き従って行くしかないかと足を進めれば、確かにフロントを兼ねる入り口から
喧噪もない静かで重厚な廊下を進んで行く事になる。
静かに流れている音楽は優しい音を奏でており、歩いて進むお客様に無用な緊張感を
持たせないような効果を考えてあるのかも知れない。
ガラス張りの通路の一角では、綺麗に整えられた中庭が見えている。
この庭が、ここを通る一部の人だけの為に整えられているのだとしたら
かなり贅沢な庭と云えるだろう。
「この通路から見える庭はなかなかのものだろう?
 四季折々で趣向を変えてあって、これを見る為に態々奥の部屋を予約する人達も
 いる程らしい」
「へぇー」
そう言われて視線を向けた先の庭は、確かに一見の価値があるのだろうと思わせられる。
今は庭に設えられた小さな東屋の柱や天井に、小さな花が連なって房になっている花束が
生花のカーテンのようになって、通り過ぎる風に吹かれて揺れているのが見える。
「食後のお茶はあそこで楽しめるそうだから、期待しておくといい」
「えっ・・・・・」
そのロイの言葉には、少々引くものを感じないでもない。
えらく幻想的でロマンティックな庭だが、男二人でお茶を楽しむ感じでは無さそうなのだが。
そんなエドワードの心情には気付かず、ロイは機嫌良さそうに案内してくれている男性と
談笑を始めていた。
まぁ良いか・・・と肩を竦めて、案内された部屋の扉を潜り抜ける。
庭からも予想していた通りの品の良い部屋は、広いテーブルに所狭しと料理が並んでいる。
「これって・・・」
驚いたようにエドワードがテーブルの上を眺めている背後では。

「今日は無理を言ってすまなかったね」
「とんでも御座いません。私共でご希望を叶えれる限り務めるのが喜びですから
 お気になさらないで下さいませ」
にこやかな受け答えを返した後、案内をしてくれた男性は一礼をしてから静かに扉を閉めて
姿を消した。
テーブルの傍で立ち尽くしてロイを見ていたエドワードに、席に座るように手で示してくる。
「気兼ねなく食べれる方がいいだろうと思ってね。
 少々、シェフに無理を言って全部並べてもらったんだ」
「――― 良くそんな我侭聞いてくれたよなぁ」
呆れたように呟くエドワードに、ロイは柔らかな笑みを浮かべる。
「この店が一流なのは料理だけじゃなく、客の要望を叶える為に尽くしてくれる姿勢にもあるんだ。
 ・・・色々な用途で訪ねて来る客に、それを察して配慮する事に躊躇いを持たず実行してくれる。
 勿論、客に相応しくないと思われる相手には、扉さえ開けてはくれないがね」
「ふ~ん。・・・って事は、あんたは上客に入る程利用しているってわけだ」
ロイが慣れた仕草でワインを取り上げると、エドワードのグラスにも注いでくれる。
「上客かどうかは判らないが、ここは軍のお偉いさんの接待には良く使わせてもらっているな。
 一般の人々に見られるリスクも低いし離れているから、警護もしやすいのでね」
話しながらグラスを上げて傾ける仕草をするロイに、グラスを触れ合わせるような無作法は謹んで
エドワードもグラスを上げるだけに留める。
「さぁ食べよう。折角の店の心配りを無駄にするのは忍びない」
そのロイの言葉に異論はないのはエドワードもだ。予約をする前なら、勿体無い・相手に悪いと
言えただろうが、既に並べられている料理を食べないのは更に申し訳ない。
ワインで口を湿らせて、手前にあるオードブルにフォークを向ける。
「・・・・・上手い」
エドワードがそう思わず感嘆の声を洩らしてしまうほどに料理は美味しかった。
「だろう? 勿論、君の手料理も素晴らしいが、ここもなかなか負けてないと思うよ」
「負けてないって・・・。どう考えても、ここのが上手いって」
ロイの気遣いにエドワードが笑って返すが、ロイは意外な反応を見せる。
「どうして? そんな事はないさ。確かに盛り付けや飾りつけはプロのシェフの方が
 上手いだろうが、それは職人仕事なんだから当然だろう?
 が、味だけで言えば、君の料理だって引けは取らないさ」
真剣な声音でそう断言してくるロイに、こそばゆいものを感じつつエドワードは
小さく「サンキュー」と返すだけにした。

給仕を気にせずに食べれる豪勢な食事は素晴らしかった。
こういう店が美味しいのは判ってはいるが、傍で逐一給仕されながら食べるのは
エドワードのような若い者には気詰まりな為、殆ど利用した事もない。
そんな配慮も有ってだろうが、つくづく気の回る男だと思う。
「どうかしたかい?」
そんな事を考えていたせいか、手を止めてロイを見ていたらしい。
「いや・・・、気配りがスマートだと思ってさ」
そう告げれば、料理の事かと思ったのかロイがテーブルに視線を向ける。
「いや、料理の事じゃなくてさ・・・。勿論、料理とかも素晴らしいんだけど。
 ――― まぁいいや。
 あんたのその気の回る処の数分の一でもハボック中佐にあれば、振られる事も
 ないだろうって思うよ」
しみじみ話すエドワードの言葉に、ロイは小さく噴出して応える。
「それは・・・褒めていただいて、ありがとうと云うべきかな。
 が、彼の場合は安きに流れすぎているだけで、本気の度合いが低すぎるだけだろう」
含む物言いにエドワードが問うような目付きを向ける。
一瞬、話すべきかを悩んだような素振りを見せてから、ロイは話を続け始めた。
「彼は・・・ハボックは、本気の相手にぶつかる勇気が持てないだけだ。
 そちら方面には妙に卑屈になる癖があるから、玉砕するのが怖いんだろう」
そのロイの言葉にエドワードは数度目を瞬かせて。
「それって・・・!――― ハボック中佐には本命がいるってこと!?」
「そう云う事になるな」
もったいぶった返答に、エドワードが焦れたように聞き出そうとしてくる。
「なぁなぁ、一体誰なんだよ? あんたの口ぶりからすると、知ってんだろ?
 いいじゃん、黙ってるから俺にも教えてくれよ」
期待に満ちた声で強請るエドワードに、ロイは「さぁ、どうしようかな」と
困るような素振りを見せては笑っている。
「ええ~、別に中佐には何も言わないって!
 そんな風に聞かされたら、誰だって気になるだろ。
 ヒントでも良いから、言ってくれってば」
妙に拘るエドワードに、仕掛けたロイの方が少し面白くない気にさせられる。
「・・・他人の恋愛ごとなど、そんなに面白いものかね」
そう告げる声が、自分でも驚くほど尖っているのは何故なのだろう。
そんなロイの微妙な変化に、エドワードが戸惑うように見返してくる。
「面白いとかじゃなくて・・・。出来ればさ、上手くいって欲しいとか思わねぇ?」
「上手く?」
「うん。・・・中佐さ、人は良いのに振られた話しか聞かないだろ?
 折角いい人なんだから、本気の相手が居るなら上手くいけばいいなぁーって
 応援したくなると云うか」
含みのないエドワードの言葉にはロイも素直に頷いた。
「そうだな・・・、奴にも幸せにはなって貰いたい。
 ――― 大佐だよ」
ポツリと告げられた言葉にエドワードは一瞬反応が遅れる。
「た・・いさ」
エドワードの馴染み深い大佐の人物は目の前にいる相手だ。
さすがにそれは無いと消去すれば、大佐の単語で判る人物は一人しか該当しない。
「それって・・・・」
驚くと云うか、納得できると云うか。はぁーと感心しているエドワードの様子に
ロイは再度伝え直してやる。
「そう君が思い浮かべた人物、リザ・ホークアイ大佐だ」
ひぇ~とか、うわぁ~とか声を出して驚いているエドワードに、ロイは苦笑して見せる。
「そんなに驚く事か? 私としては、納得できる気がするんだがな」
ハボックの好意を寄せる相手達は、大体において見かけは可愛くか弱そうな女性が多いが、
それは本心とは歪んだ願望の現われだろう。
守りたい相手が強すぎるせいで、自身の希望を叶えれそうな相手に目が行ってしまう。
しかし・・・女性は見かけとは大きくかけ離れた生き物だと云う事を
彼は知らなさ過ぎる。――― 単に経験不足なのか、夢を抱きすぎているのか。
ロイにしてみても男性を相手にするよりも、女性相手の方が数倍気をつけるし注意もする。
情報屋として使っている相手達も大半は女性だ。
彼女達は男どもよりも、遥に強かで強靭な精神を持って身体的な脆弱さを補って余りある存在だ。
夢よりも現実を見つめ、利に敏い癖に情によって尽くす度合いも段違いに大きい。
彼女達を知れば知るほど、この世の男の社会なぞ彼女らの手の平の上なのではないかと
空恐ろしい気にもなる。

そんな思惟にに思いを馳せていると、目の前ではエドワードは驚きに一段落したのか
止めていた手を動かして食事を続けている。
――― 彼はどうなのだろう・・・。
旅を続けていた頃には、とてもそんな方面に現を抜かしている余裕はなかっただろうが、
社会に出てからは判らない。
これ程美しく成長している姿を見せているのだ、その手の誘いや秋波が皆無と云う事はなかっただろう。
そんな思いがスルリと口を吐いて出てしまった。
「君はどうなんだい? 人の事よりも、自分の心を傾ける女性はいないのか?」
ロイの言葉にエドワードはパチクリと目を瞬かせ、齧り付いていた肉を咀嚼し
ゴクリと飲み込むと、カラカラと笑いながら返してくる。
「俺ぇ~? 全~然。あんたと違ってもてねぇから、そんな話の1つも湧いて出てこないぜ」
そう云うエドワードとハボックの違いは、本人が気にするかしないかの差だ。
「全然?一つも?・・・そんな事はないだろう?
 別に定まった相手までに至らなくても、食事やお茶の誘い位はあっても・・・」
別にエドワードの言葉を疑っているわけではないが、この彼がそんな誘い1つなく
過ごせてきたとは、どうにも信じられないのだ。
が、そんな疑問はエドワードの次の言葉であっさりと解明した。
「俺、貧乏だったからさ。そんな余裕ないって。
 外で茶や食事する金があるなら、1冊でも多く本買う足しにしたいしな。
 時間も金も勿体無いだろ、外食ってさ」
そう云う事ばかりが外で食事をする意味ではないのだが、彼はどうやら本気でそう思って
行動してきたらしい。そんな彼の生活ぶりを知って、ロイは小さく心の中で安堵した。
そしてそんな自分を叱りもする。
――― 男性としてそんな不健全な考えは修正してやるのが年長者の役目だろうに。
本では得れないものも山ほどある。幾らエドワードが錬金術馬鹿だとは云え、
それが彼の人生の全てになるのは、彼の今後の為に良いはずがない。・・・良いはずがないと
判っているのだが。

「村でもアルの奴の方が人気でさ。結構、あっちこっちから誘われてたみたいだぜ」
丸で気にしないようなエドワードの口ぶりに、ロイは躊躇いがちに聞き返してみる。
「君は・・・そのぉ―――、それで良いのか?
 君の容姿なら、その気になれば幾らでも・・・」
口篭るロイの言葉に、エドワードは気のない台詞を告げてくる。
「別にいいんじゃないのか。関心もないのに無理にその気になる必要はないだろ?
 必要になれば自然とそんな気になるだろうしさ。
 兎に角、今はあんたの家で手一杯でそれどころじゃないし」
肩を竦めて見せるエドワードに、思い辺りが有りすぎるロイはつぃと視線を彷徨わせる。
「・・・すまないな」
「何謝ってんだよ。それは俺の仕事だから、あんたが気にすることじゃないって。
 ちゃんと報酬はもらってんだから、俺は大助かりだし困る事もないしな」
「そう言ってもらえれば、私としては罪悪感が薄くなるが。
 ――― 処で、急かす訳じゃないが、今はどんな進行状態なのかな?」
そう訊ねるロイに、エドワードは意地悪く微笑むと「内緒」と返してくる。
「それはずるくないか? さっきは自分が聞きたがったんだ。今度は私にも答えを
 返す番だろうが」
非難する気は毛頭無かったので、ロイは会話を楽しむようにそんな言葉を口にする。
「そう言われたら言い返せないんだけど・・・。
 もう少しとだけ言っておくぜ」
「もう少し? もう少しとは、1週間位を指すのかね? それとも、1ヶ月位?」
興味津々な様子を見せるロイに、エドワードは軽く考えて答える。
「そうだな・・・。
 ――― 来週の頭位には、荷物を引き払う準備をしておいた方がいいかもな」
そう告げて笑ってくるエドワードに、ロイは茫然と視線を向けてままだ。
「――――― 本当に?」
半信半疑のロイの言葉に、エドワードは笑顔のまま頷いて返す。
「俺様にかかればこんなもんだ。どうだ、恐れ入ったか!」
自慢するように胸を張って見せるエドワードに、ロイは何度も大きく頷く。
「本当だ! 君は何をさせても天才だ! あの廃屋を・・・にしたのは私だが、
 兎に角、素晴らしい!!」
手放しに褒めちぎるロイに、エドワードは呆れたような驚いたような表情を見せ
もういいからとロイの言葉を止めさせた。
「・・・まだ確認もしてない内から、あんた、褒め過ぎだろそれは」
流石に気恥ずかしくなって、エドワードは照れ隠しにそんな口を利く。
「そんな事はない。確認はしていないが、君の事は判っているつもりだ。
 君が大丈夫だと言った限り、満足できる出来栄えが確定されたようなものだ」
盛大な賛辞の言葉に、エドワードの方が心配になってくる程
ロイの喜びは大きかった。

その後も上機嫌なまま食事を終え、中庭でデザートを楽しむと
後少しとなったホテルへと帰る足取りも軽い。

「けど、意外だったぜ」
「何が?」
突然のエドワードの台詞にロイは首を傾げて視線を向ける。
「やっ・・・。今のホテル暮らしも、そんなに嫌がってる感じには見えなかったしさ。
 それ以前は司令部に寝泊りしてたっつうから、てっきり家にはそんなに執着がないと
 思ってたんだけどな」
エドワードの言葉にはロイも頷く。
「それは確かにそうだったかも知れないな。
 私物が多くなっていくのを保管する場所が必要だったから家が居ると思ってた節があるな」
「だろ? なのにあんなに喜ぶから、ちょっと驚いた」
そんな素直なエドワードの感想に、ロイも思い返してみる。
住むところに然程執着がなかった自分が、どうしてあんなに嬉しく思えたのだろう。
色々と貴重な資料や文献があるのも勿論だし、着替えや諸々の私物もある。
が、それは以前から変わらないことだ。
なのに今は、帰れることが素直に嬉しくて喜ばしいと思える。

――― 彼が一緒に暮らしてくれるから・・・?

思いついた答えに、ロイは目を何度も瞬かせてエドワードの方を見る。
そんなはずは・・・と思いつつも、それしか思いつく理由がない。
しかし、それは、と何度も考え直してみて、結局認める方がしっくりいく。

――― 料理が上手くて、家事も万全。警護も保身も出来る同居人なら
    ベストな相手に違いないしな。

家事能力の欠乏している自分だ。彼のようにそれらに堪能な同居人が居るという事は
十分に喜ばしいことなのだ。
ロイが自分の中の問答に決着をつけた頃、ホテルの玄関が見えてくる。
「さぁ~、帰ったら風呂入ってさっさと寝ようぜ。
 ラストスパートがかかってるからな」
フンと拳を固めて気合を入れているエドワードの頼りがいある様子に、
ロイは心を込めて告げた。
「宜しく頼む」
と。そのロイの言葉に返すエドワードの力強い笑みと頷きに、
頼りがいあるパートナーに心から感謝をしたのだった。




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